山神様にお願い


 ウマ君がニコニコと聞く。

「何のお願いしたんっすか?」

「シカのことだから、食い物じゃないの?」

 店長のかき回しにも、私はまともに答えられずにへらっと笑って誤魔化した。で、お先に失礼しまーすって帰ってきたのだ。

 阪上家の家庭教師を辞めて、週に2日の夜の時間が余ってしまっている。

 その分、意味不明な夕波店長のことを考える時間が増えていて、そのことにもうんざりしていた。

 ・・・・何か、新しいことを始めるべきなのかも、私。

 何か、新しいことを。

 それか―――――――――――・・・・

「何か、起こらないかな~・・・」

 そう呟いた。

 それからやっと腰をあげて、シャワーを浴びに風呂場へ向かった。

 もう深夜の2時だった。


 その3日後、私は山神の中、カウンターの前で、お盆を抱きしめたままでこの時の言葉を後悔する羽目になる。

 何か、起こらないかな~・・・、なんて、口にすべきじゃなかったのだ。

 日本には、言霊って信仰があるくらいなのに。きっと私の呟きを山神様がきいていたんだ!そう思いながら、私は怯えてカウンター沿いに店の奥へと移動していた。

 口にしてはいけなかった。

 何も起こらない、平凡な日常がいいに決まってる。

 なのに、なのに、あんなことを言ってしまったから、なんだ。


 きっとこれは――――――――――――――


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