山神様にお願い


 「彼氏」になってから、彼は家まで送ってくれていた。それで、山神に入る時は帰りが一緒になったのだ。

 たまに・・・いや訂正。結構頻繁に、店長はそのまま私の部屋に居座って、私を好きに扱っていく。ほとんどないけど、送ってくれたらそのまま自分の家へ帰るときもある。

 今日は後者だな。そう思いながら、森に植物の世話をしに上がってしまった店長を待っていた。

 私はまだ人の死にあったことがない。だから表面的なことしか彼の悲しみは判らない。黙っているのに越したことはない、そう考えていた。

 ・・・だけど、遅いなー。森に上がって、そろそろ45分経つ。私は立ち上がって、階段の下から2階を覗く。

「店長ー?おーい、大丈夫ですか~?」

 何だか静かだぞ、もしかして、寝てる?と思って声をかけると、普通の声で、おーと聞こえた。

 それから本人が姿を現した。

「悪い悪い。ちょっとマトモにやりだしたら止まらなくて」

 緑に接して落ち着いたらしい。さっきよりも穏やかな、いつもの優しい細めた瞳で降りてきた。

 しばらく空けるから、と世話を丁寧にしていたらしい。店長不在の間はお花屋さんでのバイト経験もあるツルさんが、その世話を引き受けることになっていた。

 帰ろうか、そう言って店長がTシャツの上からパーカーを羽織る。それで寒くないのかな、私はいつも思って、でも口に出したことがない台詞をまた飲み込んだ。

 思っても口に出せないことが、結構あった。それはきっと彼が上司の立場だからだろうと思っていた。


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