山神様にお願い


 その穏やかな瞳を見てしまって、私は一瞬涙ぐむ。うわああああ~!本当に良かったなああ!そう思って。

 ずっと頑張っていた。あんなに苦しんでいた彼を見るのは辛かった。だけど、最後まで支えられなかったことを気に病む必要は、もうなくなったのだ。彼は苦しみから解放されて、今、こんなに軽やかな笑顔を浮かべて隣にいた。

 彼がまた書いた。

『鹿倉さんは、論文?』

 鹿倉さん、その文字に彼の遠慮が見える。かなり気にしているのだろう。自分が振ってしまった彼女のその後を、きっとこの人は心底心配したことがあったのだろうな、と判ってしまった。

 私もその文字の下に書き込んだ。

『そうだよ。小泉君はもう終わったの?』

『まだ。これからだけど、折角内定もらったから、絶対卒業してくれって教授に言われてきたところ』

『それは頑張らないとね。でも小泉君ならすぐ書けるよ~』

『何のテーマで書いてる?』

 静かな図書館で、しばらく私達は筆談をしていた。たまに抑え切れない微笑が零れるような、くだらない内容のことも書き繋いだ。

 長い間そうやって小泉君と筆談し、真っ白だったノートが文字で埋め尽くされる頃、小泉君が、隣でさて、と言った。

「俺、そろそろ行くね。研究棟に呼ばれてるから」

「あ、うん。頑張ってね」

「ひばり――――――――あ、ごめん、鹿倉さんもね」


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