山神様にお願い


「店長、知ってらっしゃったんですか!?あの、私が部屋を出ること」

『うん。会社の入社の書類そこら辺に置きっぱなしであったからねえ。ご飯の準備するのに邪魔だから退けた時に、熟読させて貰ったよ~。就職ってあんな色んなことするんだねー、新入社員に』

 まーじーでー!!

 電話の向こうでまだ店長が、俺には向いてないと思ったわ~だとか、会社って人材教育に金かけてんだね~などと言っているのを、口を開けっ放しの愕然としたままで聞いていた。

 ・・・知っていたんだ、店長・・・。でも何も言わなかったんだ。私があの町を出て行くこと、知っていたけど相変わらず抱きしめてくれて、問いただしたり、どうするのかを聞いたりはしなかったんだ・・・。

 ケータイ電話を握り締めたままで、私はぼーっと突っ立つ。

 何だか、自分が物凄く小さく感じた瞬間だった。

 環境がガラリと変わること、それそのものに対する動揺が店長には全然ないらしいってことに驚いた。

 私一人で、考え込んで小さくなっていた。

『シカ?』

 店長の声が聞こえる。

 私はちょっと震える声で、ゆっくりと言った。

「・・・会社に近い場所に、引っ越そうと思うんです・・・。あの・・・それでも私と付き合ってくれますか?」

 夕波店長が笑った。

 それは、いつもの軽い、あけすけな笑い方だった。


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