山神様にお願い
今晩は、トラさんと板前のリュウさん、それから私のメンバー。
トラさんはすでに店を放棄して2階のオアシス、「森」へ上がってしまっている。きっとまた居並ぶ植物達の世話をして、その真ん中ですやすやと眠ってしまっているのだろう。すんごい気持ち良さそうな顔して。普段の苛めっ子キャラからは想像も出来ない安らかな表情で。
「・・・奥が深いわよね」
また独り言を出してしまった。
カウンターに寄りかかってカウンターの下で雑誌を読んでいたらしいリュウさんが、うん?と反応した。あ、聞こえちゃったか。
「何だって、ツル?」
「何でもない」
何だよ、リュウさんはそう言いながら消化不良のような顔をした。
肩までの茶髪、それは今は一つにくくられて、頭をしばるタオルの下に隠れてしまっている。少しだけ見えている耳たぶにはキラリとブルーに光る輪が三つ。ハッキリした眉、垂れ目の瞳、通った鼻筋に大きめの口。うち唯一の板前であるこの右田龍治という男は、顔がいい。
ボクシングをしているせいで、ガタイもいい。
それに性格も明るくてお調子もの。そんなわけで、この店の名物でもある男なのだ。
ちなみに、私はこの人と一時期付き合ったことがあるの。楽しかったし華やかで笑ってばかりだったけど、何だか薄っぺらい関係のような気がして別れてしまった。うーん、そこを説明するのって難しい。多分、性格の不一致とかそういうものになるのかな。彼氏彼女だから何のこだわりもなく別れたし、悪感情を持っているわけじゃないからその後もこうして一緒に働ける。
自分では、なかなかいい関係だよねって思ってる。