山神様にお願い


 当たり前でしょう!って。シカちゃんはまだその時は知らなかったようだったけど、うちの店長、山神のトラはそれはそれは怖い人間なのだ。

 山神のトラ。ひょろっと高い身長、いつものほほんとした雰囲気を漂わせていて、狐目は柔らかくカーブを描いて笑っている。白い肌にたらりとした喋り方。低い声だけどひょうきんな言葉遣い。

 前髪が長めの黒髪。夏の海でもわかってたけど、実は結構いい体をしているのにそれを覆って隠す大きめのだらっとしたTシャツ。擦り切れたジーンズ。裸足にサンダル。全体的にふんわかだら~っとした、人畜無害そうな柔らかい外見をしているのだ。・・・普段は、ね。

 それが一度怒るととてつもない迫力を醸し出す。

 私は一度見たことがあった。

 あのいつも優しく細められている狐目がキリリと上がって、黒い眼が獲物を捕獲する。背筋がのびて、普通に立っているだけなのに戦闘開始の合図を待っているような刺々しい殺意が全身から噴出していた。

 そしてあの低い声で。

 超冷静に、怖いことを言ってのけるのだ。

 そこには普段見せていた柔らかさなんて1ミリもない。がらっと変わったその雰囲気に、怒りの対象は私ではなかったのに死にそうにびびったものだった。

 人が怒っているのを見て、逃げ出したくなったほど怖かったのはあれが初めてかもしれない。体の底からの恐怖。凄まじい殺気があたりを満たしていた。


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