山神様にお願い
日比立オーナーと出会ったのは、ボクシングジムだった。小学生の頃から親に内緒で通っていた小さくてボロいビルに入っているジム。そこに、自分の甥を入会させようと考えたオーナーがやってきたのだ。
誰だ、あのおっさん。会長とジムの端っこで立ち話をするパッとしない風采の中年男。笑顔はないけれど柔らかい雰囲気を醸し出してつったったままで話を聞きながらジムを見まわしていた。
「龍、スパーリングやるぞ」
「うす」
コーチに呼ばれてグローブをつける。すでに汗だくの頭をタオルで乱暴にふいて、俺はマウスピースをはめた。
やたらと気合の入ったコーチから激しいパンチが飛んでくる。いつもよりも厳しいその攻撃にちょっと驚きながら何とか姿勢を戻して構えた。
右、左、ステップ。それから肩を縮めて・・・。温まっている体が勝手に反応して動き出す。目の前の相手しか見えなくなり、世界は自分の息遣いだけになる。
相当な汗を流してスパーリングをし、ヘロヘロになってリングをおりた俺に、会長が呼んだのだ。龍、お前、ちょっとこっち来いって。
わけが判らないまま、俺の知り合いだ、と日々立さんを紹介されて、その夜は一緒に飲みにいった。そして少し話をしたあとでこう言われたのだ。
「龍治、ウチで雇われてみねーか?」
って。
「うちの店で、料理を出して欲しいんだ」