山神様にお願い
おふざけがすぎて、年下だと見くびっていた虎を怒らせたのだった。あいつはいつものたらんとした雰囲気なんか全然見せずにそこに立っていた。細いあの目をぴたっとこちらに向けて。
その虎の顔の、怖かったこと────────
「────────うおっ!」
思わず指を切り落としそうになってしまって、俺はつい叫んでしまう。
・・・あ、あっぶねー!・・・ちょっとやばかった。つい昔へ飛びすぎて。
いやいやいや、俺はつい思いっきり頭を振りまくる。
・・・あの時のことは思い出したくないぞ。忘れろ、忘れるんだ、俺!
「・・・やばいやばい」
一度深呼吸。
無駄に凹むところだった。俺が指を負傷したら、今晩は店が開けられなくなってしまう。それこそ虎を怒らせることになるわけで──────・・・。そんなのやばすぎるだろ。恐ろしくて汗が垂れる。
ふう、と息をはいて研ぎ石を片付ける。
そろそろ今日のホール係、シカ坊がくるはずだ。
鍋いっぱいに作った出汁がいい匂いを撒き散らしている。俺はぐるんと首をまわすと、気合をいれて仕込みに戻った。
葱を刻んでタッパーにいれる。鳥と野菜でスープを作り、ミニトマトを切り分ける。軽い気持ちで飛び込んだこの店で、俺は自分が驚くほどに真剣に料理を作っている。一人だけの板前という責任からくるものだろうと思っていた。