山神様にお願い


 何をするでもなく、自分の部屋でぼーっとするのにも飽きたので、俺は考さんの部屋をたずねていた。寒くて凍えるような年末で、もうすぐ雪がふるんだろうと思うような重くて灰色の雲が空を覆っている。

 ボクシングジムのトレーナーをしている考さんは、俺の人生の恩人だ。先輩で、指導者で、大切な人。誰かを殺すか殺されるか、みたいな未来予想図から、まともで普通の人生へとシフト変えが出来たのは、この人のお陰だと思っている。

 俺は大きく肩をまわして音をたてる。ここの台所は広いけれど、シンクが低い。腰も痛いし肩が凝るったら。

 考さんの部屋の台所にいた。

「わ~、おいしそうね!さすが龍君。今度は何なの?」

 考さんの内縁の妻であるミクさんがそう言って背後から覗き込む。お風呂上りのいい匂いがふんわりと漂った。

「ミクさん、豆乳スムージー作ってあるよ、冷蔵庫」

 俺がそういうと、彼女は手を叩いて喜んだ。わーいって言っている。そろそろ50代なのに、いつまでも子供みたいな可愛い人だった。

「考さんの好物でしょ、ナス。これを何とかしたいんだよな・・・今日たくさん貰えたから」

 馴染みの八百屋で押し付けられた、というべきか。真冬に夏の野菜を料理する苦悩を抱えながら、それでも考さんの好物を離したくなくていそいそと貰ってきた俺だ。

「龍がつくるもんは何でもうまい」

 奥の部屋で考さんが筋トレをしながらそういうのに、じゃああたしが作るのは?ってミクさんがつっかかっている。

 二人は長いこと一緒にいて、今の生活を変えるつもりはないって断言している。未来なんて判らないから、と。


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