山神様にお願い


 でも勝ててしまったのだ。相手の体の大きさにビビりもしなかった俺は、やられる前にやってしまえと手も足も次々に出した。やり方なんて知らなかったけど、相手の動きは見てとれた。そんなの、山にいる動物達よりはるかに遅い動きだ。だから俺に当たらないように避けて、相手の顔や体に拳をヒットさせていく。そして勝って、倒れた相手を見下ろしていた。周囲は歓声を上げていたけれど、俺は全然興奮もしていなかったのだ。

 やることをした、そんな感覚。

 それを教室の入口から見ていたケイスケ達に、仲間に誘われた。

「夕波って目立たねーけど、喧嘩強かったんだな。俺らと来いよ」

 それまで友達と呼べるような相手がいなかった俺は、何か面白いことが起きるのかもしれないと思ってついて行ったのだ。ケイスケ達にはよくない噂があるのも知っていたけれど、どうせ大したことないんだろうって思って。奴らの集会とやらに。そこで、ゲン先輩に会ってしまった。

 皆の真ん中で真っ黒の服をきてタバコを吸っていた年上の男の人。

「・・・誰だ、お前」

 一言だした低い声に体が痺れるようだった。だるそうに座っているだけなのに、その体から凄いパワーを感じた。目を動かすだけで、周囲の人間が体を固くするのが判った。

 一目ぼれってこういうことを言うのか、と思ったくらいの衝撃があった。

 うわ・・・かっけー・・・。俺、この人みたいになりたい。そう思った、心の底から。


 以来、母親を泣かせている。



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