山神様にお願い
「話があるんだ。ちょっと、いいか?」
いいとも悪いとも言えなかった。私は阪上君が見ているその場所から、小泉君の誘導で、フラフラと歩き出す。
口の中がカラカラだった。額から落ちた汗が、コンクリートの上にシミを作る。
彼の後ろを黙ってついていく。
歩きながら呆然と見る光景は、連なる大学の校舎の後ろに聳え立つ夏の山。
私はつい、夕波店長の言葉を思い浮かべて山を仰ぎ見る。
シカ、本当なんだよ。そう店長は言ったのだ。大根おろしでまみれた手を痒いといいながら洗って、微笑んで、そう言ったのだ。
山には、神様がいるんだから――――――――――――――
・・・いるのなら、神様、ヘルプ・ミー・プリーズ。
小泉君は、日に焼けていたし、それに痩せたみたいだった。前に会ったときにはなかったくぼみが頬のところに浮いている。
セミの鳴き声が反射する校舎の裏側。日陰になっている所に、彼は私を導いた。
前に立って、向き合い、暫くは黙っていた。
それから疲れた顔をして、暗い声で彼が言った。
「・・・別れよう」
私はただ見上げていた。
彼の、浅黒くなった、ちょっとこけた頬を。眠れてないのかもしれない、そう思っていた。