山神様にお願い
「・・・別れるの?」
私の声は小さかった。だけどちゃんと聞こえたようだ。一瞬、彼の顔が苦痛に歪む。
そこには出会った時の彼はいなかった。あの朗らかで、明るくて、いつでも大声で笑っていた小泉君は。
ひばりはちょっと心配性過ぎるんだよ、なんだって、笑っていれば乗り越えられるものさ、そう言って手を差し伸べてくれた彼は。
暗くて重い、そのまま地面にのめりこんでしまいそうな表情をして、私の前に立っている。
「俺には・・・ちっとも余裕がないから・・・。さっきの高校生にも、返せなくて・・・」
ぽつんぽつんと彼は話す。
見てたんだ、図書館で。あの子に後ろから抱きつかれて驚いてたひばりを。だけど、足が動かなかった。何してんだって行くべきだったのに。ひばりが嫌がってるのは見てて判った。でも、助けに行けなかったんだ。
「・・・俺は」
俯いてしまった彼の、表情は判らなかった。
「ひばりに心をあげてる余裕がないんだ。もう・・・ずっと考えたことがないんだ。忘れていた。・・・むしろ、ひばりのことは、忘れようとしていた」
ちゃんと聞いていた。
私は自分でも驚くほどに冷静な状態で、ひとつも残さず彼が言った言葉を拾い上げていた。
だから、仕方ないと思った。