山神様にお願い

・失恋は酒の肴になる


 
 家に帰って、ぼーっとしていた。

 居酒屋の時間ギリギリまで、ただ部屋の中で夕焼けにまみれていた。

 空気は暑かったけど、私は指先まで冷たかった。

 何だか自分でもよく判らないまま、夢の中にいるような気持ちでバイト先へ向かう。

 足を動かして。右の次は左だよ、ひばり。歩き方、忘れてないでしょう?頭の中で自分の声がする。

 理解はしたんだと思う。

 だけど、まだ実感がなかったのだ。

 だって私達、最近はデートもなかったし。あったとしても晩ご飯を一緒に食べるくらいで、彼のうまくいかない就活の話を暗い顔で二人で話していただけだ。

 手を握ったり。

 微笑あったり。

 キスをしたり。

 温度を感じたり。

 そんなこと、冬以来してないと思う。

 だから判らなかったのだろう。

 呆然としていたけど、そこに広がるのはいつもと同じ夏の夕方だったのだ。

 おはようございます、と言った声はいつもの自分の声だった。

 おはよー、と店長と龍さんが返してくれる。今日はツルさんと一緒の日で、他にバイトがない曜日だったからツルさんも5時から入っている。


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