花のように


「……佳奈?」


 呼びかけられて、ハッとした。


 ……どうして?


 そこにいるはずのない人の声に、恐るおそる顔を上げる。

 彼が、ここにいるはずのない彼が立っていた。


 いつものかっちりしたスーツ姿ではなく、まるで休日のようなラフな格好で。

 ――小さな男の子の手を引いて。


 まるで貧血になった時のように、体からサッと血の気が引いて、辺りが真っ暗になった。


 『ここで、倒れる訳にはいかない』


 私は、なけなしの気力を振り絞って、その場から逃げ出した。


 ……彼は、追いかけて来なかった。



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