あの日もアサガオが咲いていた。
そんな陽太の視線の先、教室の一角には静かに文庫本を捲る一人の女子生徒がいた。
突然開いたドアにも大声にも驚くことなく彼女-大橋柚子(オオハシ ユズコ)-はパタンと読んでいた本を閉じるとそちらに向かって微笑みかける。
「よーちゃん。どうしたの?そんなに慌てて」
凄い足音だったよ、と柔らかく笑う柚子。
学年一の癒し系美女と専らの噂だが、本人の知ったところではない。
そんな彼女の笑顔を一身に受け取り、お返しと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる陽太。
その容姿は誰もが噂するようなものではないが、その笑顔は彼に人を引き付けている。
だがそれも本人の知るところではない。
噂話とは、意外と当事者には伝わらないということだろう。