幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
無言の時が続く。
そんな妙な緊張感に耐えられなかった永倉は、ただ黙々と走っている斎藤に顔を向ける。
「なあ、斎藤」
声に気付いた斎藤は、横目で永倉を見やる。
「何だ」
冷たく、どこか投げやりで、ぶっきら棒にそう言われ、永倉は一瞬怯む。
相変わらず、この斎藤一という男は、感情が表情に現れないために、どこか接しにくい。
まあ、そういう一匹狼なところが美点でもあるのだが。
「お前、どうして譲が刀を抜いていると思う?」
永倉の質問に斎藤はさほど時間をかけることなく、答えた。
「俺は譲ではないゆえ、あいつの本心を知ることは出来ぬが、あいつは何の理由もなく、闇雲に人を斬るような奴ではない。何か理由があるのだろう。まあ……なんにせよ……」
斎藤は一拍おいてから、息を吸う。
「心配なことに変わりはない。あいつは、自分が吉原に行くことを顧みず、試衛館の経営を維持しようとした。あいつは、近藤さんや仲間のことを思うと人一倍に無理をする。だから……心配だ」
永倉は不謹慎にもニヤついてしまった。
あの寡黙で、無口で、滅多に他者に感情を見せない斎藤が、ここまで譲を思っているとは……。
永倉は、一人瞑想する。
妹のような存在の譲。
こんなふらりと試衛館にやってきた俺に笑顔で笑いかけ、ただ飯を喰わせてくれた。
一緒に遊んだりもした。
剣術も馬鹿みたいに強く、負けず嫌いで、馬鹿がつくほどお人好しで……。
(みんな心配してんだぞ……)
夜の都を駆ける自分たちの足音が、ただ響いて聞こえた。