幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
沖田総司
近藤さんが師範を務めている道場は、『試衛館』という小さな道場だった。
けれど、たとえ小さくても、譲には関係なかった。
近藤さんのために強くなる。そしてもう、何も失わない。
そう堅く心に決めていた。
まず、試衛館に着くと、譲は近藤さんとともに、近藤周斎という人物のもとへ向かった。
この周斎先生こそが、試衛館の道場主であり、近藤さんの義父だった。
近藤さんは、もともとは農民の身分らしい。
しかし、近藤さんの剣の腕を見かねた周斎先生が、次の跡取りとして、近藤さんを養子として迎え入れたのだという。
周斎先生と会う前に、近藤さんはそういうことを淡々と説明してくれた。
近藤さんが、そのように誇らしそうに語る人物だ。
周斎先生もいい人なのだろう。
そして、周斎先生の部屋に入ると、待っていたのは、譲を見てこれでもかと目を見開いた周斎先生だった。
まあ、こんな反応を見せるのも無理はない。
いきなり自分の子供が、子供を拾ってきたら、誰だって驚く。
「いったいどうしたんだ? その娘は?」
そう問いただされると、近藤さんは勢いよく額を畳につけた。
「先生! この娘をこの道場で引き取らせてください!」
周斎先生は驚きを通り越して呆れている様子だった。
「まてまて、えっとそこの娘さんよ、事情を話してくれ」
「えっ……? えっと……」
いきなり話を向けられ、譲がおろおろとしていると、周斎の目つきが鋭くなった。
周斎の目線に何かを感じた譲は、ふと、自分の衣から鉄が錆びたような臭いがしていることに気付く。
目を落とすと、自分の衣は昨夜斬った浪士の返り血で染まっていた。
そうだ。いつもなら川で洗い流すのに、今回は近藤さんにこのままつれてこられたから、洗う暇がなかったのだ。
血で汚れた部分を、譲は持っていた刀で隠す。
自分が今まで、人を殺していたことを話さねばらなぬのかと覚悟していると、意外にも周斎先生の顔が緩んだ。
仕方がないというように苦い表情で首を振る。
「分かった。近藤君、頭を上げなさい」
「はい」
近藤さんがずっと下げていた頭を上げる。
「責任もって、君の養女として迎え入れなさい」
「よ………養女……ですか?」
「ああ、家族という繋がりが少しでもあったほうが、くつろいで暮らせるだろう」
ああ。そういうことか。
譲はぎゅっと唇を結んだ。
周斎先生は、私に気をつかったのだ。
あの鋭い目つきで、私の全てを見透かした。
私に家族がいないことも薄々勘付いているのだろう。
だから、こんな待遇をとってくれた。
正直、とても嬉しかった。