幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
総司は血相を変えて、夜の京の都を走り回っていた。
しかし、どんなにどこを捜しても、譲の消息はおろか、気配さえつかめなかった。
みんなが躍起になって全力で捜索しているのに、こうも見つからないとは思わなかった。
総司は乱れた息を整えるため、少し壁にもたれかかった。
そして、漆喰塀を拳で殴りつけ、募る苛立ちを晴らす。
それでも、もやもやとした思いは消えることはなく、さらなる焦燥が総司を急き立てる。
あてのない不安が胸に波紋を打って広がる。
総司は汗で額にへばりついた髪を掻き上げた。
夏ではあるが、夜気が額にここちよかった。
ある程度、体力が戻ると総司は再び街路へ飛び出した。
(譲………)
譲ほどの腕の持ち主ならば、殿内のような力量の武士であれば簡単に勝てる。
総司が懸念しているのはそんなことではなかった。
(僕は……)
走りながら、感情を抑えるように、総司は唇を噛み締めた。
(僕は君の手を……血で汚したくなかった……)
ずっと一緒にいて、ずっとこんな時が続くと思ってた。
でも、時間は無常に流れる。
譲も浪士組の一員だ。いつかは、人を斬らなくてはならない。
でも、それでも、心のどこかでは、譲にそんな汚い仕事をして欲しくなかった。
(でも……)
総司は瞼を半ば伏せる。
(君はとっくにそんなことを承知で、覚悟をもって刀を差しているんだ)
総司は知っていた。
譲が時々一人で月明かりに照らされながら、たとえようもない寂しい顔をしていたことを。
まだ、自分が知らない譲がいることを。
(譲は、今、何を思ってこの月を見ているのだろう)
また一人で、泣いてるのかな。
そんなことを思っていると、総司は、はっとして足を止めた。
嫌な気配がして、近くの橋を渡ってみると……。
総司は息を呑んだ。
月に煌々と照らされて、真っ赤な血が闇夜に浮かび上がる。
頬に、手に……ほぼ全身に返り血をべっとりと浴び、血塗れた刀を片手に、茫洋とした眼差しを空に月に向けている譲がいた。
その目尻から一筋の涙が、頬を伝った。