幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
あの日も……。
譲は、つっと双眸を細める。
あの日も、こんな月だった。
村が襲撃された夜も、江戸で不逞浪士を始末していて、村のみんなを葬るために胡弓を奏でたのも、近藤さんに拾われた日も、自分が女なんだと、思い知らされて泣いて、男装をするきっかけになった日にもこんな満月がいつも煌めいていた。
そうして、今でも自分を見つめている。
どうして、こんなに物悲しいのだろう。
無性に泣きたくなるのだろう。
人を殺したのは、初めてではない。
なのにどうしてこんな、息をするのも苦しいほどの罪悪感に襲われるのだろう。
そこはかとない哀愁が、胸に迫る。
ふと、脳裏にもう今でははっきりと顔を思い出すことが出来ない家族の顔や、近藤さんや仲間の顔が泡沫のように浮かんで消えた。
そしてようやく、疑問が晴れる。
なぜ、こんな悲哀を感じてしまうのか。
譲はまだ血が滴っている刀を月に掲げた。
(私は……綺麗に生きられない)
みんなが思っているような、血に濡れない生き方など、出来ないのだ。
ふいに、そんな現実を突きつけられる。
どんなに願われても、自分は仲間のためなら、心を閉ざして、どんな残忍なことでも成し遂げるだろう。
この剣を血で染め、黙々とただ冷酷に人を斬ることができる。
自分は剣としてしか生きられない。
母は、生き延びて幸せになりなさいと言った。
譲は刀を下ろし、心の内で亡き母に呼びかける。
(あなたは……私がこんな風に育ったことを悔いるだろうか。私を生かしたことを後悔するだろうか)
決して届くのことのない月に向かって…。
譲は、涙を零した。
(それでも私は……)
譲はぐっと眉を寄せる。
(剣として……生きていきます)
近藤さんも、きっと悲しむだろう。本当の娘のように甲斐甲斐しく、慈しみを持って育ててくれたから尚更だ。
でも、こうするしかないのだ。
私は剣になる。
何も失わないように。
大事なものを護るために。