幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
何度も耳の奥に反響している譲の言葉。
『私は、剣になる』
初めは幻聴かと思った。そう信じたかった。
でも、譲の顔が真剣そのものだったから。
嘘を言っているようには感じ取れなかったから。
総司は、譲を見つけた橋とはまた違う橋の穏やかに流れる川の水面を見つめていた。
そしてふいに、沸き起こってきた怒りに掴んでいた欄干にきりきりと爪を立てる。
(僕らは………)
総司は悲しげな表情で満月を見上げた。
(常に同じ目線で、同じことを思い、同じ道を歩んでいると思っていた)
でも違う。
譲の覚悟と、自分の覚悟には大きな違いがある。
この溝は、分かり合うことのできないものなのかもしれない。
確かに、近藤さんを大事に思う気持ちは分かる。壬生浪士組を護りたいという強い気持ちも分かる。
でも譲は、何でも一人で背負い込みすぎなんだ。
一人で苦しんで、一人で決めて………。
今夜だってそうだ。一人で泣いていた。
でも決して、その胸の内を独白することはない。
まるで、それを恐れているかのように。
過去を詮索するようなことはあまりしたくないけれど、自分と出逢う前の譲を、自分は知らない。
一度、幼い頃に好奇心で近藤さんに訊いたことがあるけれど、近藤さんは曖昧な笑みで答えをごまかすだけだった。
(譲……)
どうして何も話してくれないの?どうして僕を突き放すの?
どうして一人で悲しんでいたの?どうして一人で泣いていたの?
矢継ぎ早に、どうしてが浮かぶ。
総司は月に手を伸ばした。
この月の如く。
今、君がすごく遠いよ。