幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
土方さんの部屋には、土方さんと近藤さんが険しい顔つきで腕を組んで座っていた。
音を立てずに襖を閉めると、譲は二人と向かい合うように座る。
ぴんと糸を張ったような緊張感があった。
やがて、その糸を切ったのは土方さんの言葉だった。
「芹沢さんから話はだいたい訊いている。殿内は、近藤さんの暗殺を企てていたらしいな。だが、なぜ、殿内を殺した」
厳しい顔で追求する土方の顔から視線を逸らすことなく、譲はその口を開けた。
「近藤さんは、私の命の恩人です。見過ごせなかった。相談する心の余裕…私にはなかったんです」
「それで殿内を殺したと?」
「はい。いてもたってもいられなかったので。それに……芹沢さんも……」
「言い訳なんて聞きたくねえ!!」
土方さんがしびれを切らして、どんっと畳を拳で殴りながら怒号を上げる。
「お前の考えは子供じゃねえか!?まだ殿内が近藤さんを暗殺すると確定したわけじゃねえ!なのにてめえは……独断で勝手な判断をしたんだ!!俺はそのことを聞いてんだよ!」
だが譲は怖気づかない。
怯むことがなれば、その瞳が揺らぐこともなかった。
「言い訳……?」
譲の瞳に熱がこもる。それは、怒りの色。
「土方さんこそ、詭弁を並べ立てているだけじゃないですか!!」
譲も声を張り上げる。
「はっきりと言ってください!私に人を殺してほしくないんでしょ!?」
はっと土方と近藤が口をつぐみ、土方の勢いがそがれる。
その隙を見逃さず、譲は言葉をたたみかける。
「私は……浪士組の隊士です!!!どうして私が人を斬ることを拒むのですか!?もう、嫌なんです!私を女として扱わないでください!」
「馬鹿をいってんじゃねえ!俺は隊士としてお前に重要な監察方という役職を……」
譲は土方の言葉が信じられない、聞きたくないというように激しく首を振った。
「嘘です!そんなの嘘です!常に回りに気を散らし、いざとなれば斬りあって、命を奪われるかも分からない組長という役職に比べれば、監察の疲労なんて……」
思い切り息を吸い込む。
「監察方の仕事なんて……!敵地の偵察じゃないですか!!!そんなの……土方さんも知ってるでしょ!!??私が敵にうっかり見つかるような気配の殺し方をしないって!!だから……それを分かってて…、わざと監察方に私を据えたんだ!!」
「だから……ちが…」
「違わない!!違わない!!」
「譲!!!」
ぴしゃりと、辺りが水を打ったかのように静まりかえる。
一喝したのは近藤さんだった。
気が動転しかけていた譲も、はっとして気を落ち着かせる。
「譲……トシにとってお前は妹のような存在だ。そして俺にとってお前は、娘も同然の存在だ。家族に、人を殺してほしくないという思いを抱いて……何故悪い?」
近藤さんの優しい声。
譲は心がなだめられていくようだった。でも……。
けじめはけじめだ。
確かに自分だって、近藤さんや土方さん……それだけじゃない。
試衛館の仲間を家族だと思っている。
けれど、自分は浪士組の隊士なのだ。
譲は近藤さんの思いを断ち切るように、無造作に懐に手を伸ばすと、麻袋を近藤と土方の前に差し出した。
それを見て、二人の瞳孔が小さくなる。
「これは……もしかして」
土方さんの言葉に譲は頷く。
「浪士組は資金不足、人手不足です。とても今の状況ではこれからをやっていくことなど不可能です。これは、私が島原で働いて貯めたお金です。使ってください」
「こんなもんいらねえ」
「土方さん、近藤さん……いや、土方副長、近藤局長」
ぐっと距離が遠くなる呼び方に、さらに二人は驚愕の色を見せる。
「私は……壬生浪士組の隊士の龍神譲です。私は……この組の剣です。それを、忘れないでください」
虚を衝かれたような表情をする二人の許可もなく、譲は土方の部屋を退室した。