幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜



「新入り………?」




近藤の言葉に、譲はきょとんとする。



「そうだ。今日、内弟子として、新しい弟子が入ってくるんだ。譲と、年も三つしか変わらないから、よい友達になれるとおもうぞ!!」



本当にいつでもこの人はにこにこしているな……。



近藤のいつもの明るさに、譲も思わず微笑む。



けれども、普通の弟子ではなく、わざわざ内弟子という名目で引き取るのだから、何か事情があるのだろう。



自分みたいな壮絶な過去をもっているとか……?




考えてみて譲は首を振った。



とにかく、過去の相手の詮索はしないことにする。



「そろそろ、来る頃だ。一緒に出迎えにくるか?」



その申し出を、譲は首を振って断った。



それまで手に抱えていた胡弓を近藤に見せる。


それを見て、近藤は大きく頷いて納得する。



「うむ。譲の胡弓の音色は真に美しいからな」



褒められて照れた譲は顔を赤らめる。


「そ……そんなことないです!」


「遠慮することはなかろう。そうか、では弾き終わったら、俺の部屋に来るといい。あとで紹介しよう」


「はい。………そうしてください」


まだわずかに頬を火照らせながら、譲は近藤と別れた。



譲は道場の庭に堂々とそびえる一本の桜の木のもとに腰をすえた。



風で葉がかすれ合い涼しげな音を立てる。それに、木の葉は譲を日差しから守るように包んでくれた。


木陰で一人、胡弓を弾くことが、譲の日課だった。



剣の稽古ももちろん大事だが、こうして心を音に委ねる時間も必要だ。




今日はどんな音色を奏でようか。




新しい弟子が来るといっていたから歓迎と称して陽気な音色? 


はたまたそれを逆手にとって悲しい音色?


うーん、と唸りながら考えるが、最終的に譲が行き着く答えはいつも同じである。



弦を手に、譲は思いのままに音色を奏でる。


心がほっこりするような、そんな優しい響きが、流れる風にのってどこまでも運ばれた。


(やっぱりこれか)


自分の音色に耳を傾けていた譲は小さく笑う。



この日もやはり、譲は自分の気分のままに音色を奏でていた。


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