幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
「土方さん、あれ左之さんと譲じゃね?」
稽古中の平助と偶然合流し、そのまま朝餉の場へ向かおうとしていた土方は、二人の試合に目をとめる。
原田は得意の槍を使って譲とやりあっているが、譲は原田の攻撃にも、槍の長いという長所をもろともせず、果敢に攻め込んでいる。
その動きは瞬きをすることさえ、許されない速さだ。
激しい攻防に、目を奪われる土方。
「お!なんだなんだ、朝から激しいな」
と顔を出した新八の声に我に返り、土方は、はっとする。
「新八、斎藤、お前らも稽古してたのか」
土方が声をかけると、斎藤が頷く。
「はい。相手が新八とはいえ、負けていられませんから」
「はっ!残念だな斎藤。今日勝つのはこの俺だ」
闘志を燃やす二人に変わって、平助は浮かない表情だった。
「なんだよ平助、辛気くせえな」
新八がやれやれとため息をつくと、平助はその視線を譲に向けた。
「なんかあいつ、最近やつれてねえか?」
「たーしかに、最近一緒に呑もうとしても、つかまらねぇんだよ。部屋にもいねえし、どこほっつき歩いてんだ?」
平助の疑問に新八も便乗する。
しかし、土方だけは表情を変えなかった。
「さあな。人を斬って、少し精神的に疲れてんだろ」
「まあ、確かに。それもあるけど……
なんだろな」
平助がやりきれない声色を漏らす。
「なんつうか……うーん……ああもう!分かんねえ!とにかくなんか今までと違うんだよ!」
それから腹減ったと全く意味の違うことを口にして、平助は足早になる。
そんな平助をからかうように新八もついていく。
土方も無言でその場を去ろうとすると、
副長、と声をかけられる。
振り向くと真剣な面持ちの斎藤が譲を見やりながら言った。
「副長、何か隠していませんか?」
土方は固く口を閉ざしたままだ。
斎藤は構うことなく続ける。
「龍神のことは、俺も前から不思議だと思っていました。人を斬っただけじゃ、あのやつれ具合はおかしい。もしかして、また花街で働いているのでは……副長は…、全て知っているはずです」
「分かったよ。斎藤、お前の言う通りだ。あいつは、資金不足の浪士組を救うために、島原に出稼ぎに行ってる。でもな、それは不逞浪士を監視、うちの隊士が粗相をしてないか取り締まるためのもんだ。大きな名目はそれだ」
「総司は……」
斎藤の問いかけに土方はただ静かに首を振る。
「知らねえよ。これを知ってるのは、俺と近藤さんと山南さん、お前だけだ。
いいな、誰にも言うんじゃねえ。特に、総司には」
「はい……」
そうして土方は去っていく。
ざわざわと青い葉が風にかすれて音を立てる。
試合は譲が一本をとって終わった。