幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
庭の池をおよぐ鯉を見つめながら、総司は池を囲う石垣に腰を下ろした。
未だここ残りであるあの出来事。
数日前の、花街での佐伯とのことだ。
あれ以来、やつは何か行動を起こした様子はない。譲は気にするなとは言っているが、やはり気になる。
あの男と譲に何があったのか。譲の笑顔にも引っかかるものがある。
(とにかく……)
譲はここのところ働きぱなしだ。それに加え、昼の隊務もこなしているのだから、疲労は相当なものだ。
『それは幸せな無茶だから』
なんのためらいもなく、笑って言い切る譲。
『私は、剣になる』
並々ならぬ覚悟を決めた、譲の雄々しいほどの凄まじい剣幕。
総司は木刀を握りしめる。
(譲を……この組の人斬りにさせはしない)
総司は一人、目を閉じる。
幼い日、もし譲に出会っていなかったら自分はどのような荒んだ道を歩んだだろうか。
(この組の人斬りは……)
総司は強い覚悟を称え、開目する。
(僕だけでいい)
だから、誰にも負けない。みんなに恐れられる人斬りでなくちゃいけない。
たとえそれが、辛いことでも、譲を人斬りにするよりずっといい。
深い深呼吸の後、総司は木刀をしまうために稽古場に向かった。