幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
斎藤は酔い覚ましに出ると偽って、一人、左之と譲を探していた。
しかし、屯所中を見回ってみても二人の姿は見えず、気配も感じなかった。宴会で人が一堂に会しているせいもあり、静寂が満ちていた。
(こんなに静かなら、人の気配ぐらい感じ取れると思ったんだが……)
諦めてそろそろ戻ろうとしていた矢先、誰もいないはずの厨から、白い煙がもくもくと上がっていた。うまそうな匂いが辺りに漂う。
歩調を速めて向かってみると、そこにはずっと探していた人物の影があった。
「左之!ここにいたのか、探したぞ」
「おお、斎藤じゃねえか。一日会ってないだけでなんか久しい気分だな」
左之は火にかけていた鍋の中身をかきまわすと、満足げに鼻を鳴らし、木椀にその中身をよそった。
お盆に置かれたそれを見て、斎藤は首を傾げる。
「これは……粥か?」
「そう、粥だよ。譲のためにな」
斎藤ははっとして顔を上げる。
「あいつ、熱でもあるのか!?」
「いや、ちげぇよ。ただ、疲れてそうだったから、作ってやったんだ」
「塩と醤油は控えめにしたんだろうな。あと滋養のいい卵も……」
声高に早口に語りだす斎藤に左之はしーっ、と人差し指を立てる。
「声がでけえよ。落ち着け。他のやつに悟られたらどうする」
「いや、問題ない。みな一堂に会して飲んでいるからな。今日の上覧試合で、会津公からお褒めの言葉もいただいた。これで支援金が滞ることもないだろう。譲も……」
言いかけて斎藤は我に返り、慌てて口を押える。
話が切れたことに左之は眉を上げた。
「譲が……どうしたんだ?」
斎藤はなんとか言い逃れなければと視線を右往左往させる。
「いや、あれだ。譲も喜ぶだろうと思って」
しどろもどろに言い切ると、左之は疑うことなく、「そうだな」と笑顔で返した。
斎藤は安堵の息を吐くと、お粥がのせられたお盆を持ち左之に告げた。
「左之、譲のことを土方さんに報告してくれ。みなお前たちに何があったのかと心配していた。代わりにこれは俺が持っていこう」
「譲は俺の部屋にいる。わりいな」
「大丈夫だ」
左之は宜しく頼むというように、斎藤の肩をぽんと叩くその間際に、耳打ちをした。
「あいつ、そうとう疲れてる。うなされていたぐらいだ。俺も土方さんに報告したら戻るから」
「承知した」
左之が厨を去ると、斎藤はため息をついた。
思わず、譲が花街、島原で働いていることをうっかり口外してしまいそうになった。
自分の不覚にもう一度大きなため息をつき、斎藤は左之の部屋に向かった。