幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜



人の気配がして、譲は浅い眠りから目を覚ました。身体を起こすと、月明かりに浮かぶ人影が左之さんのものではないことに気付く。


「斎藤くん……?」


障子越しに呼びかけると、返事もなしにさっと障子が開かれた。


そこにいたのはやはり斎藤だった。


「左之が作った粥だ」


お盆を譲の膝の上に置くと、譲は疑問を投げかけた。


「左之さんは?」


「お前のことを土方さんに報告しに行っている。先ほど偶然左之と会ってな、お前のことを聞いたのだ」



「上覧試合はどうだったの?」


「ああ。みないい戦いぶりでな。会津公からお褒めの言葉もいただいた。おそらく、支援金の給付も安定するだろう」


「そっか……」


譲はよかったと優しい笑みで呟き、湯気が出ている温かい粥を食べ始めた。


その姿を傍らで見守りながら、斎藤は男装している譲の腕のあざや、傷をみて胸が痛んだ。


こんな華奢な身体で男所帯のなか、剣術の稽古も怠らず、花街ではこの浪士組のために金を稼ぎ、文句も言わない。



この組で誰よりも辛く、厳しい日々を送っているのは譲だろう。しかし、彼女はそんな一面を誰にも垣間見せることはない。



斎藤は、こみ上げてくる言いようのない怒りを静かに堪えていた。



それは何もしてやれない自分に対しての怒りだった。



このまま譲はここにいれば、もっと多くの人を斬り、危険な目に遭うだろう。無理をするなと言っても、譲の性格上、それは無理な話だ。



だが、と斎藤は試しに、おいしそうにお粥を頬張る譲に言った。



「譲……無理はするな」



喉にあったお粥をごくりと飲み込み、譲は笑う。



「私、ぜんぜん無理なんてしてないよ?大丈夫だから」



予測通りの答えに、斎藤はただ静かに、そうか、と返した。
















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