幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
左之が宴会が行われいる広間に着いた頃には、試衛館からの面子しかおらず、他は出払っていた。
他の者より無駄に人一倍酒に強い平助と新八はまだお銚子を片手にちびちびと酒を呑んでいた。
酔っぱらっている二人とは対照的に、全く酒の飲めない下戸の近藤さんと、同じく酒に弱い土方さんは素面だった。
山南さんや源さんも多少頬は紅潮しているもののはっきりと意識は保っている様子だった。
「あれ、左之さんじゃない。待ってましたよ」
黒い笑みで左之を迎えたのは酔っぱらい二人の間に挟まれていた総司だった。
左之は放たれる強い殺気に、嫌な汗をかきながらただ笑って誤魔化す。しかし、すぐに真剣な顔で、土方の正面に正座した。
左之のただならぬ雰囲気に、周りも静かになる。
「どうした、原田。いままでどに……」
「こんな縁起のいい日にすまねえが、今朝、譲が俺との稽古の後に倒れた」
「なんだと!?」
土方は怒声にも似た大声を張り上げると、左之に鋭い視線を向けた。
左之の背後では、衝撃のあまりに総司が声を失い、平助と新八が手にしていた杯を床に落とした。
土方の隣にいる近藤や山南、源さんも目を見張って、深刻な表情になる。
「それで、譲の容態は!?」
胸倉をつかむ勢いで、総司は左之に詰め寄るが、そんな総司の気迫に慌てることなく、左之は上覧試合に集中してほしかったため、すぐには報告しなかったこと、今は容態も落ち着いて、斎藤が傍についていること、恐らく今は粥を食べて寝ているだろうと話した。
「でもよ」
左之は低い声で話を続ける。
「いくら隊務で疲れてるとはいえ、あの譲のやつれ方は尋常じゃない。土方さん、何か俺たちに隠しているんじゃないか」
土方の瞳孔が大きく揺れる。
近藤も大げさに咳払いをし、山南もおもむろに眼鏡を上げる。
誰も何も言わない空気に焦れたのは平助だった。
「どうなんだよ!土方さん!」
「待ちなよ、平助」
酔いを感じさせない平助の言葉を制したのは総司だった。
気だるそうに壁にもたれながら、ぎろりとその視線は土方を捉える。
「土方さんが、僕たちに何も隠すわけないじゃない。ねえ、土方さん?」
意味深な問いかけに、土方は総司を睨む。
「てめえ……何がいいてえんだ」
険悪な雰囲気に待ったをかけたのは近藤だった。
「待て、トシ。俺が話そう」
「でも近藤さん……!あれは……!」
「そうです、局長。土方君の言う通り、あれは口外しないという譲さんとの約束では……」
真実を語ろうとする近藤を止める土方と山南だったが、近藤も頑として譲らなかった。
「しかし、こんなに気付かれては致し方あるまい。そうだ。譲が疲れている原因の多くは、俺たちのせいだ。浪士組の経営が苦しい故に、譲に不逞浪士の取り締まりと、隊士たちの規律管理という名目のもと、島原遊郭に出稼ぎに出てもらっていた」
「な……っ!?」
新八が床の杯を蹴りつける。
「なんでんなことになってんだよ!?俺たちはまたあいつを苦しめてたってことか!?」
暴れる寸前の新八を押えにかかる左之だったがその表情は浮かばれなかった。恐らく、新八と同じことを考えてるのだろう。
平助が悔しげに歯を食いしばる。
「あいつ……また無茶しやがって……。俺たちのために……!」
くそっ、と声を上げると平助は赤い顔で勢いよく立ち上がり、部屋を出ようとしたが、総司に引き留められた。
「どこに行くのさ、平助」
総司は平助に目を合わせない。ただ当然ごとく問いかけるだけだった。
「決まってんだろ!あいつを止める!もう無茶するなって!」
「言って譲がきくと思ってるの?」
総司の凍りつくような冷ややかな目が平助に向けられ、平助は言葉を詰まらせる。
「そ……れは……」
「いいから、黙ってここにいなよ」
有無を言わせぬ総司の声色に、平助はしぶしぶと胡坐をかく。
「近藤さん……土方さん……」
左之が神妙な面持ちで、再び土方に向き直る。
「譲を江戸に帰さねえか?」
土方や近藤が驚きに弾かれたように、俯けていた顔を上げ、左之を凝視する。
総司は瞠目し、源さん、山南、平助と新八もまじまじと左之を見ていた。