幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜



桶の水が溢れないように運ぶと、女性の傍にそれをおき、袂から手拭いを取り出すと、桶の冷たい水につけた。




蝉のかしましい鳴き声が境内に響く。




水を含ませた手拭い絞ると、譲はそれを女性の腫れた手首に巻いた。





痛みを感じないようにそっと巻いていると、女の人の視線がまじまじとこちらにむけられているのに、むず痒さを感じ、譲は思わず口を開けた。




「あ……あの……何かついてますか?」




「いえ…!そういうわけでは…」



慌てて首を振る女性を横目に、譲は女性の掌を見て、ある事に気付く。




(この人……)




しかしこれを訊くことは人の心に土足で踏み込むような行為だ。



譲は口を閉じたまま、手拭いをきゅっと結ぶ。




「はい。終わりました」





「こちらこそ、たすかりました。よろしければ、お名前をお伺いしてもよろしおすか?うちは、梅(うめ)どす」





「私は……譲です」




「譲はんは、女子(おなご)やないの?」




心臓を鷲掴みにされたような感覚が譲を襲う。





以前のあぐりの時もそう思ったが、女の勘は空恐ろしい。




譲は無理して隠すほど別段、気にしていなかったので、素直に頷いた。




そして譲もある事に気付く。





「お梅さんは、芸者なんですか?」





お梅さんが驚いたようにこちらをみつめる。





「どうしてそれを?」



京の言葉がすっかり抜けた、譲がよく知る言葉。




譲はやっぱりと、お梅さんの手を見る。





「手に、三味線を弾く時にできるたこがありましたから」





「なるほど」





お梅さんはおしとやかで、落ち着いていた。





「ええ、譲さんのおっしゃる通りです。でも菱屋の店主に妾として買われたんです」





「菱屋……?」





「はい。実は、この浪士組の浅葱色の隊服はその菱屋で作ったんですが、お代をまだ払ってもらっていなくて…」





「え!」





「店主も何度もこちらに伺ったんですが、その度に追い返されて…。それで私がここに」





(芹沢さん……‼︎)





譲は頭を抱えた。














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