幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
京の都を駆けてしばらくの後。
既に陽は沈んでおり、今にも誰かとぶつかってしまいそうなほど暗く、狭い裏路地を抜けると、薄い桃色の花が譲の耳元をかすめていった。
引き寄せられるように足を踏み出していくと、荘厳なる桜の大樹が威風堂々と佇み、煌々と月明かりに照らされて、はらはらと桜の花びらを散らせていた。
その美しい光景に見惚れてた譲だが、ふと違和感を覚える。
(今は……、夏のはずだわ)
葉桜ならばともかく、この時期にこれほど満開の桜が咲くのは普通、起こり得ないことなのだ。
寒桜ならば冬に咲くのもうなずける。
しかし、夏に咲く桜は聞いたことがない。遅咲きにしては遅すぎる。
畏怖の念さえ感じてしまう桜の大樹に、譲はおそるおそる一歩を踏み出すと、まるでその時を待っていたかのように足下から風が舞い上がり、花吹雪が譲を包み込んだ。
吹きすさび始めた風と花弁でまともに目も開けられず、譲は身体を持っていかれないように地面に身体を伏せた。
ただ風が止むのを待っていると、譲はその風から唸るような声を聞いた。