幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
無意識に立ち上がり、風の声に耳をすませてみると、かすかに、集中しなければ聞こえないほどのか細い声が響いてきた。
ー気をつけよ。大いなる災いがそなたに降りかかるであろうー。
譲は大樹を見上げる。この声の主は…。
ーあなたは『龍』ですねー?
なぜだろう。確証はないけれど、自らに流るる血がそう教えていた。
声は静かに、譲に答える。
ー私の血を引く最後の直系の娘よ。守るものあらば、力を行使せよ。そなたに眠りし我の力を解放せよ。さすれば大いなる災いも退けられようー。
尾を引きながら声は消えていき、何も感じなくなる。
譲を囲んでいた桜吹雪も止み、大樹を見上げてみると、先ほどの華やかで美しい桜の姿から一変、青々しい緑の葉が大樹の幹を覆っていた。
さっきの光景に、声は束の間の幻想かと考えたが、譲の古代の血がそれを激しく否定していた。
譲は腰に下げていた龍神家に代々伝わる宝剣の柄に手をかける。
ー護るものあらば力を行使せよ。さすれば大いなる災いを退けられようー。
譲は一息つくと、胸に手を当てて、瞑目した。
(みんなが私を大切に思ってるのはわかってる。でも、私もみんなが大切なの。それに…、佐伯のこともあるし…)
屯所に帰ろうとしたものの、やはり足が進まない。
そこで譲はあることを思いつく。
(みんなが来なかったら私の負け。
みんなが来たら私の勝ち)
譲は一か八か、花街にむかった。