幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
浪士組の面々が島原に集まろうとしている頃、譲は千早姐さんの部屋に花緒と共にいた。
島原にいるのにも関わらず身なりは男のままだった。
「えらい血相変えてきはったけど、もう調子はええのんえ?」
千早が直々にお茶を注ぎ、湯呑みを譲に差し出す。
仰々しくそれを受け取り、譲はありがたくそのお茶を飲んだ。
よほど喉が渇いていたのだろうか、熱いのにも関わらず飲み干してしまい、喉が痛いのも関わらず、自ら湯飲みに茶を注いでいた。
それを見て花緒が慌てて譲を止める。
「なにしてはるんどすか⁉︎こんなもんなんべんも飲んでしもたら、火傷しますえ!」
花緒は無理やり譲から湯呑みを取り上げる。
代わりの湯飲みに冷たい水をいれて、譲に差し出した。
受け取った譲はそれもごくりと飲みきってしまう。
「姐さん、今日はほんまにどうしたんどすか?お客の相手するために来たんやないとはいうてはりましたけど」
手際よく湯飲みに水を注ぎながら、花緒が尋ねると、譲はにこりと笑った。
「賭てるの」
千早と花緒が顔を見合わせて同時に首を傾げる。
譲は独り言でも呟くかのように言った。
「本当に私のことが必要ないなら、私は……」
それからの言葉を飲み込み、譲は二人に笑いかける。
「私の幸運を、祈っていてください」
「そりゃもちろん……」
「姐さんのためなら……」
千早と花緒がどう反応してよいかわからず曖昧に返答した次の瞬間。
「客に対してその無礼は何事か‼︎」
聞き覚えのあるその怒号に、譲は素早く反応し、すかさず立ち上がると、声の上がった座敷へ飛んだ。
問題の座敷に着くと、怒りを露わにした芹沢さんに頭を下げる番頭と、二人の怯える芸妓たちがいた。
譲を追いかけてきた花緒と千早もその光景に息を呑む。
譲は、何のためらいもなく座敷に入った。このままだと芹沢さんが何をするか分からないからだ。
「ここは私に。みんな下がって」
番頭は譲の顔を見て、男のなりではあったものの、あの胡弓姫ということを悟ると、二人の芸妓を連れて座敷を出た。
「姐さん……!」
花緒が心配の声を上げるが、譲は余裕のある笑みを浮かべた。
「大丈夫だから」
そう言い残し、障子をピシャリと閉めた。