幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
譲の姿を見た芹沢は驚きに目を開いた。
「ほう……お前が何のようだ?【胡弓姫】よ」
譲はふっと笑いながら、正座をする。
「あなたが殿内といた時から、おそらくもうバレているとは踏んでいましたが。私がここにいること、知っていたんですか?」
「ふん、お前の知ったことではない。俺には情報が入ってくるのだ。お前たち浪人崩れと違って、俺は水戸の武士だからな」
「それはよろしいことですが、この店で暴れてもらっては困るのです。芹沢さん」
芹沢は笑い声をあげながら、胡座をかいた。
どうやら今日は、平間や新見、佐伯といった連れを連れてきていないらしい。
逆にやりやすいと、譲はホッとする。
ちょうど芹沢さんに聞きたいことがあったのだ。
「えらく冷静ではないか。近藤に江戸に帰れと言われたものだから、もう少し焦っていると思ったのだがな」
「焦っても仕方ありませんから」
「ずいぶんと肝が据わっているな。いい度胸だ。それほどにあやつらが大切か?」
「ええ。もう二度と、失ったりしない」
芹沢は酒を呑みながら、この娘の目に映る焔を垣間見る。
しばらく何も言葉を交わさなかったが、譲は芹沢が盆にのっていた酒を全て飲み干すのを見計らって、息を吸った。
「芹沢さん……菱屋というお店を、ご存知ないですか?」
ピクリと芹沢の耳が動く。
据わった芹沢の目が譲を捉える。
「ほう……、どこでそれを」
「今日は、お梅さんという菱屋の女将さんがいらっしゃいましたから。おしがりで集めたお金をこんな贅沢に使うのではなく、きちんと………」
「だまれ小娘‼︎」
お銚子が譲めがけて投げられ、とっさに身を翻し、譲は難を逃れる。
「あやつらに払う金はない!」
「芹沢さん……!」
「くどい!」
投げつけた鉄扇が壁に穴をあける。
その鉄扇を乱暴に拾い上げると、芹沢は憤りを露わにしながら座敷を出た。
そして、その芹沢と入れ替わるようなバタバタとこちらに向かってくる複数の足音。
譲ははっとする。
そして、顔を青くした総司が座敷に飛び込んできた。