幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
さてどんな反応をみせるのかと思いながら、譲は無言で屯所を出た。
「どちらへ行かれるのですか」
何も言わずにただ歩き続ける譲に痺れを切らした山崎が問いかけると、譲は河原辺りで足を止めた。
ふう、と一息つく。
本当はこんなことをしたくないのだが、監察方は敵地に赴いて偵察に行ったり、隊士の風紀を取り締まる大事な裏の仕事だ。
自分の直属の部下になるのならば知らせておかなくてはいらぬ混乱を招く。
譲は二人に振り返ると髪に手を当てた。
髪と髪の間に指を入れると、さらさらと隠していた長い髪が背中に落ちる。
二人が同時に息を呑む。
「あらかじめ言っておくわ。私は女よ」
二人が驚愕の色を浮かべる。
「ああ、別に隠してるわけじゃないから。ただ、変に隊務中に動揺してほしくなかったから直接言ったのだけれど…」
信じられないというように瞬きを繰り返す二人をよそに、譲の表情が切り替わり、真剣そのものになる。
「監察方は下手すれば命を失う仕事。
隊の風紀を取り締まるから、仲間を裏切ることも、場合によっては斬ることもある。それでも、やっていく覚悟はある?」
島田はぎこちないながらも頷きを見せたが、山崎は顔色を変えた。
まるで譲を侮蔑するかのような目で見据えている。
その口から発せられた言葉は大方、譲が見当していたものだった。
「組織には従います。ですが…、武士になりたいと集まってくるものたちを侮辱するかのような女という存在……。あなたのような人には従えません」
「そう?人を性別で決めつけるのはどうかしら。今の時代、強ければ地位も性別も関係ないと思うけど」
「それでも俺は従えません!」
失礼します、と山崎は足早に帰っていく。
ため息をつきながらその姿を追いかけもせず眺めていると、気を遣った島田が、譲の顔を窺うかのように覗きんだ。
「あの……呼び戻してきましょうか?」
島田の提案に譲は首を振って断る。
「いいのよ。こらくらいのことで怒るような短気な部下はいらないわ」
そして譲は刀の柄に手をかけると静かにそれを抜いた。