幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
土方の部屋にたどり着くと、山崎はその場で正座をした。
「副長、山崎です」
「おお、ちょうどよかった。入れ」
静かに障子を開け、そっと入室すると後ろ手に戸を閉める。
ちょうどよかったという言葉が引っかかったまま、山崎はまず土方の言葉を待った。
土方は硯に筆を置くと、山崎に姿勢を向けた。
「すまねえな。おしがりを働いて隊規に背いた罪として捕らえていた家里次郎(いえさとつぐお)という隊士が今しがた逃げ出したという連絡が入った。譲に知らせ、居場所を探ってくれ」
「はい……」
浮かない顔で返答すると、異変に気付いた土方が声をかける。
「なんだ?何かあったのか?」
山崎は口を閉ざしていたが、心の内で覚悟を決める。
「あの……。その任務、俺に一存してもらえないでしょうか⁉︎」
「なに……?」
土方の眉間にぐっと皺が寄る。
大きく息を吸い、それでも山崎は続けた。
「お願いします!」
「なに言ってやがる!入ってままならなねぇ新入隊士にそんな仕事を任せられるわけねぇだろ!調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「出過ぎたこととは重々承知しております!ですから失敗の際には、この腹をお斬りください!」
山崎の必死な申し出に、土方の怒号もぴたりとやむ。
土方は腕を組み直しながら、机に向かった。
筆を取ると、慣れた手つきで書面を書き上げていく。
「おまえ、譲が女であることが許せないのか?」
「はい」
間髪を入れずに帰ってきた返答に、土方はため息をついた。
「約束は絶対だ。俺は甘くねえ。覚悟してとりかかれ」
「はい。感謝いたします」
深々と額が畳につくまで頭を下げると、山崎は退出した。