幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜





良い匂いに誘われるように、店に入るとふくよかな女店主が出迎えてくれた。









「いらっしゃい!空いている席に適当にすわりな!」









言われた通りに譲たちは近くの席に腰掛けると、店で人気のお焼きを頼んだ。








「譲さん……そんなに食べるんですか?」









譲が四つもお焼きを注文したことを不思議に思った島田に問われ、譲は苦笑する。








「五個も注文した人にいわれたくないわ。四つも食べないわよ。持って帰るの。何だか、懐かしくなっちゃって」








「懐かしい……?」








島田が首を傾げる。









「ええ。私はね、小さい頃から近藤さんや土方さんや総司と一緒だったの」









「あ、永倉さんから聞いたことがあります。確か……試衛館ですよね?」








こくりと譲は首を縦に振る。








「ええ。小さい頃、近藤さんが饅頭やら金平糖を買ってきてくれていたんだけれど、私と総司はお焼きが大好きで、いつも取り合いしていたわ」








懐かしさに譲は頬が緩む。








何も知らなかった無邪気なあの頃。








試衛館の経営も行き届いていた日々。








ただひたすら強くなることに夢中だった。








「総司はね、昔から甘いものが好きで、甘い物には目がないの。だから久しぶりに一緒に食べようと思って」










そうやって昔話に花を咲かせていると、女店主が、包みに入ったお焼きを譲に手渡してくれた。









それを受け取った譲は温かいうちに食べようと席を立つ。









「大体の道とかは教えたし、あとはゆっくりして屯所に戻ってね。じゃあ、お疲れ様」







島田が頭を下げるのを手を振って見送ると、譲は早足で屯所に戻った。









その足取りはやけに軽く、まるで総司とお焼きを食べることを心待ちにしているようだった。








『戻ってきてよ』









不意に総司の声が耳元で聞こえ、熱い吐息に譲は身体がかっと燃え上がるのを感じる。








驚いて咄嗟に辺りを見ても、総司の姿もなければ、気配すら感じることもなかった。









(私は……)











出来立てのお焼きよりも熱い自分の頬に手を当てながら、譲は自分の気持ちが分からなかった。












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