幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
築かれるもの
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譲は目の前で驚きの表情に包まれている少年の顔をじっと見つめていた。
まだ幼いのにもかかわらず目鼻立ちが整った端整な顔立ち。
二人の間を木の葉が舞う。
「あなたは……?」
やっと口にできたのはそんな言葉で。
でも、それしか言えなかった。
少年の目が少し閉じられる。
やがて普通の表情になった少年は、それでもやはりどこか驚愕している面影を残したまま、静かに応えてくれた。
「僕は……沖田総司」
沖田総司。
そんな何の変哲もない名前が、水が浸透するように、心の奥深くにすとんと落ちる。
譲の胸が騒ぐ。
「沖田………総司」
荒々しく波を立てる鼓動を聞きながら、譲は知らないうちにもう一度、少年の名前を呟く。
「君の名前は……?」
当然のごとく聞き返されて、物思いに耽りそうになっていた譲は、はっと我に返った。
「私の名前は龍神譲よ」
「龍神………譲」
と、今度は少年が譲の名前を繰り返す。
名前を呼ばれると、なぜか背中がむずがゆかった。
「あの……」
少年は一歩前に踏み出して、譲に話しかける。
「もう一度……弾いてくれない?」
別段断る理由もなかった譲は、こくりと頷き、弦を膝に抱えていた胡弓に添えた。
流れたのは、どこか甘くて、切ない音色だった。