幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
「終わったーー!」
昼下がり、ようやく草むしりを終えた譲は立ち上がると、うーんと大きく背伸びをした。
総司も隣で一緒に伸びをする。
「やっと終わったわね」
譲のその一言と、場に流れていた雰囲気が、いつの間にか二人の間にあった壁を壊していた。
気まずさがなくなった総司の顔はどこか晴れ晴れとしていた。
「というより僕ら、お昼を食べてないよね」
総司に指摘され、譲はたった今思い出したように、あっ、と声を上げた。
しかも、忘れていたのはお昼だけじゃない。
近藤さんに剣術の稽古をつけてもらう約束もすっかり忘れていた。
途端に、譲は脱力感に襲われた。
近藤さんはいつも弟子たちの稽古を見ているため、養女や、内弟子である自分たちの稽古をじっくりつける暇もない。
だが今日は、みっちり練習をみてやると言われたのだ。それなのに……。
「近藤さん……怒ってるかな………」
独りでにぽつんささやくと、総司が応えた。
「近藤さんなら………大丈夫でしょ。近藤さんは、すごく優しいし」
総司はあれから、確実に変わっていっている。
近藤さんも以前から総司のことを気にかけていたし、菓子などを総司に分けたりなどもしていた。
その度に、『辛い思いをさせて、寂しい思いをさせてすまない』と、律儀に謝っているらしい。
本当に近藤さんらしい、と総司からこの話を聞いたときは笑ってしまった。
そんな近藤さんに、総司は確かに心を開いていた。
「そうね。近藤さんなら、大丈夫ね」
気を取り直した譲は、つっかけを脱いで縁側に上がる。
「ねえ、今日はここで二人でお昼をたべようよ」
「うん。いいね、それ」
総司が賛成してくれたことが、譲に笑顔をもたらす。
「でしょでしょ? 私、近藤さんに頼んで、余ったご飯がないか聞いてくるね! それを握り飯にして持ってくるから!」
元気よく言い放つと、譲はスタスタと廊下を走って行った。
総司はそんな譲を見送った後、縁側に座り、足をぶらぶらさせながら、譲が戻ってくるのを待っていた。