幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
譲は、近藤さんの部屋に訪れていた。
が、室内に人がいる気配はなく、案の定覗いてみると、中には誰もいなかった。
どこへ行ったのだろうと、近藤さんが行きそうなところを考えていた時だった。
つい考え事をしていたために、いや、この道場でまさかそんなことが起こるまいと油断しきっていたために、譲は自分を待ち伏せしている人の気配に気付かなかった。
そして、譲が角を曲がった瞬間、いくつもの影が躍り出たかと思うと譲は手の自由が利かなくなっていた。
譲は、木刀を持った兄弟子たちに囲まれていた。
何事かと思考する時間も与えられず、譲は手を縄で縛り上げられた。
身動きできなくなった譲の脇腹を、兄弟子の一人が蹴り上げる。
痛みのあまりに、うっと上げた譲の呻き声を聞いた兄弟子たちが面白おかしくあざ笑う。
譲はたった一人の女子相手に、卑劣なことをする兄弟子たちを、鋭い目付きで睨みつけた。
「なんだ……!?その目は……!女のくせにかわいくねえな!」
理不尽な理由を言い訳に、今度は他の兄弟子たちが持っていた木刀で譲を殴りつける。
それが運悪く鳩尾に入ってしまった譲は、床に血を吐いた。
「ぐう……っ!!」
それでも、悲鳴は上げない。
絶対、こいつらの思い通りの反応なんかしてやるかと思った。
「ふんっ! なぜお前がこんなことをされているか分かるか?」
そんなこと、知るわけがない。理由など、こちらが聞きたい!!
廊下に倒れこんだまま、ただ首を振る。
「お前、最近あの総司とかってガキと、よろしくやってるじゃねえか」
「………それが………何……?」
脇腹を思い切り蹴られたせいか、息が苦しい。言葉が、思うように出なかった。
譲の苦しげな姿を見ながら、兄弟子が含みのある笑みを浮かべる。
「いけねえな。あれは俺たちの玩具(おもちゃ)だ。横取りはいけねえな」
兄弟子たちの総司の偏見的な見方に、譲の中で激しい怒りが燃え上がる。
かっと熱が頭に上った。
「総司は………玩具なんかじゃない!」
しかし、兄弟子たちは聞く耳を持たない。
譲の言うことなど、どこ吹く風で言葉を続ける。
「だからよ、俺らはいい遊びを思いついたんだ。ただあいつをいたぶるだけじゃ面白くねえだろ……?」
兄弟子たちの思惑を悟った譲はぞっとした。
背筋が凍り、全身の血の気が引く。
まさか、そんなことをするために自分を拘束したというのだろうか。
真っ青な顔で、譲は震える口を開いた。
「な……なんてことを!やめて!今すぐやめて!」
力の限りに、精一杯叫ぶ。
無論、その懇願は聞き入れられることはない。
「あいにく、若先生と周斎先生は町に出られている。お前たちを助ける者は誰もいない」
「そんな……!」
「お前は強いが、こうして手がつかえないんじゃ、そこらのガキと一緒だ」
「…………………っ!!」
言葉にならない怒りが譲をかきたてる。
総司は優しい。こんなことを聞いたら絶対に助けに来る。
そうしたら、総司までもが怪我をしてしまう!
だが譲は、降りかかってきた兄弟子の一撃に、意識を奪われ、闇に落ちていった。
最後に見たのは、兄弟子たちの卑しい顔だった。