幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
譲は自由が利かない身体を何とか動かそうとするが、そうする度に、全身に絶叫するほどの痛みが走り、到底、まともにしゃべることもままならなかった。
止めなければ。総司に帰るように言わなければ。
たとえ総司が、どれほどの気迫をまとっていたとしても、純粋な力比べでは、兄弟子たちには遠く及ばない。
しかし、譲の心配をよそに、床を蹴る音が聞こえ始めた。
譲はぎゅっと目を閉じた。
見たくない。
打ちのめされる総司など見たくない。
だが、気のせいだろうか、総司と思しき声は聞こえてこなかった。
それどころか、さきほどから聞こえてくるのは兄弟子たちの苦痛の声ばかり。
目を開くと、目の前では五人の兄弟子たちが胸を押さえて悶えていた。
それを見下ろすのは、冷酷な目をした総司。
総司を取り囲むのは、凍てつくような氷の空気。
さすがの気概に、譲も思わず息を呑む。
これが全て、総司がやったことだということがにわかに信じられない。
信じられなかったが、今、稽古場に立っているのは、紛れもなく総司だけだった。
兄弟子たちは既に戦意を喪失し、ばたばたと道場を後にする。
それを、冷ややかに見届けた総司であったが、完全に足音が消えると、いつもの表情がかえってくる。
総司は木刀を投げ捨てると、譲の前に泣きそうな顔で跪いた。
「………ごめん……。痛かったよね。辛かったよね。本当に、ごめん」
何度も何度もそう言いながら、総司は譲の手首の縄を解く。
「僕のせいだ……」
自分を追い込む総司。
譲がその手を握ると、総司がもっと強い力で握り返してくれる。
「違うよ………。そ……じ……の、せい……じゃな……い」
たどたどしい口調ではあったが、総司をなだめようとするが、総司はぶんぶんと左右に首を振る。
「僕がもっと早く気がついていたら……。僕がもっと強かったら……。君は、こんなことにはならなかった。そうでしょ?」
譲は何もいえなかった。言葉をあげたいけれど、口が重石のように動かない。
何も言えずにいると、総司は自分の額に譲の手をあてた。
「僕……強くなるよ。僕の大切なものを……、道場を、近藤さんを、君を守るために」
「そ……じ………」
「強くなる。君にだって、負けないくらい」
自分を励ますために必死で笑いながら堅く決意したその誓いはあまりにも残酷で。
譲は、自分を襲った切なさに耐え切れず、涙を流した。
残酷だけど、優しい誓い。
切なかったけれど、確かに嬉しかった。