幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
「はあ……」
まずは譲が大げさにため息をついた。
明らかに聞こえる大きさだったため、土方が譲に反応する。
「なんだ」
視線をこちらに向けたところで、譲はわざとらしく視線をそむけながら言った。
「土方さんって、見た目に比べて大人気ないんですね」
「ああっ!?」
すぐに挑発に乗って眉をぴくぴくとさせる土方の分かりやすい反応に、譲は笑いをこらえながら続ける。
「子供をけなして……そんなに楽しいですかー?」
馬鹿にするように語尾をわざと棒読みにする。
土方の形相が鬼のようになる。
土方の怒りを見かねた近藤が譲を諌める。
「こ……こら、何を言い出すんだ譲。そんなことを言ってはいかん」
「だ……だって……」
譲は嘘泣きを始める。
まるで本当に泣いているみたいに、嗚咽を漏らして訴える。
「土方さんが……私たちの悪口を言うんだもん……!」
泣き始める譲。
もちろん、すべて演技である。
だが、そんなことを知らない近藤は、譲の涙を嘘のものだと微塵を疑うことなく、よしよしと譲の頭をなでる。
こうして近藤の同情をあおることに成功した譲は土方を追い詰める。
「そうか。確かにそうだな。トシ、確かにあれは酷いものだぞ」
近藤に苦言を呈された土方は、ますます怒りを露わにする。
「な……なんで俺が説教されなきゃいけねえんだよ!だいたい、わざとらしいだろその涙!」
ちっ。ばれたかと、ものすごく腹黒な一面を見せる譲であったが、その傍ら、目の端で総司と目があった。
互いに顔を見合わせて、そして、軽く目配せを済ませる。
「はあ…あ」
今度は総司が大きなため息をついた。
土方の氷柱のごとく冷たい視線が総司に向けられる。
「今度はなんだ」
「土方さんって、本当に薄情ですよね。子供の、しかも、か弱い女の子の涙を疑うんですか?」
「そうだぞ!トシ!」
総司の言葉に近藤も便乗する。
土方はイライラが極限まで募ったのか、自分の頭をかきむしる。
「……っ! あんた、騙されてるんだよ、近藤さん…!」
だが、いい意味でも悪い意味でも人がいい近藤は、最後まで譲と総司を信じていた。
うまく仕返しができた二人はにやりと笑みを浮かべる。
だが、それをばっちりと土方に見られた。
「てめえら……」
本能的に、これはだめだと悟った二人は、土方から逃げる。
「待ちやがれ!」
「こら、トシ、どこへ行く!」
「子供を全力で追いかけるなんて、大人気ないですよー」
「そうよそうよ」
「いいからおとなしく捕まりやがれ!」
逃げる譲と総司を追いかける土方を諌めに追いかける近藤。
この不思議な図は、一生、心に残るものだった。
平凡に暮らせることが、どれほど幸せかというものを。