幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
しかし、焼けた村に生きる術はなく、譲は必要最低のものをもって、単身で村を出た。

正直、人間たちのいる場所へわざわざ赴くのは、気がはばかられたが、村の人々の分も生きるため、強くなるためには止むを得ない。

だが、わずか五歳の譲が担いでいける荷物の量には、限りがあった。

今、譲が所持しているのは、代々、龍神家に伝わってきた宝剣。

龍神家の者たちは、男女関係なく、武芸に秀でていた。一族をまとめる頭領であった父は一族随一の剣豪で、文武両道の兄を、赤子の手をひねるように簡単に負かしてしまう。

父から、譲は毎日、厳しい稽古を受けていた。
そんな父から、襲撃より七日ほど前に、剣術の腕を見込まれて、宝剣を授かったのだ。

その刀は、譲が敵を殺戮したときのものだった。

そんな古き歴史を感じる刀ともう一本、腕のよい刀工によって作られたであろう形見である兄の愛刀。

そして、母がこよなく愛していた胡弓。
昼の剣術の稽古が終わり、夕刻になると、弾き方を教わっていた。

家から持ち出したのはそれだけだった。

家族との思い出がつまった代物が、お金よりも、食糧よりもずっと大事だった。

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