幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜





こんなことを思っても仕方がないことだけど。





本当は譲に吉原になんて行ってほしくない。





総司にだって、少なからず吉原の恐ろしさは理解できている。






あそこはただ、芸者や遊女が客に酌をするだけじゃない。






確かにそういう接待を目的にしている店や客もあるだろうが、必ずしも絶対の保障はない。








でもきっと、こんなことを譲に言っても、彼女は持ち前の笑顔で、大丈夫とやんわり断るだろう。






彼女は一度決めたら、よほどのことがなければ自分の考えを曲げることはない人だ。






そう。彼女が男装を始めたときもそうだった。






皆の反対と驚きを一身に受けていた彼女は、絶対にもう女装はないとの一点張りだった。




だから、ここ数年、彼女の普段の姿など目にしたことがない。




譲から【女】としての生きる現実を失わせた日のことを、総司は今でもはっきりと覚えている。





忘れ去ることなのできない、彼女の固い心が折れたあの一瞬。





総司は悔しさに顔をゆがめた。





どうして僕はあの時、譲に何もしてあげられなかったんだろう。






知っていたはずなのに。






彼女は確かに剣の腕は、この強豪が集っている試衛館のなかでも指折りだ。





きっと稽古をしたら、ほとんどの者が相手にならないだろう。




だからこそ、危険な吉原にも行けるのだが。





でもその代わり、心はとても繊細で傷つきやすい。





自分はそれを知っていたはずなのに。





人一倍頑固なのに、人一倍お人よしで。





何でも一人で背負いこもうとする。





誰よりも健気に、『試衛館(ここ)』を守ろうとする。














< 59 / 261 >

この作品をシェア

pagetop