幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
こんなことを思っても仕方がないことだけど。
本当は譲に吉原になんて行ってほしくない。
総司にだって、少なからず吉原の恐ろしさは理解できている。
あそこはただ、芸者や遊女が客に酌をするだけじゃない。
確かにそういう接待を目的にしている店や客もあるだろうが、必ずしも絶対の保障はない。
でもきっと、こんなことを譲に言っても、彼女は持ち前の笑顔で、大丈夫とやんわり断るだろう。
彼女は一度決めたら、よほどのことがなければ自分の考えを曲げることはない人だ。
そう。彼女が男装を始めたときもそうだった。
皆の反対と驚きを一身に受けていた彼女は、絶対にもう女装はないとの一点張りだった。
だから、ここ数年、彼女の普段の姿など目にしたことがない。
譲から【女】としての生きる現実を失わせた日のことを、総司は今でもはっきりと覚えている。
忘れ去ることなのできない、彼女の固い心が折れたあの一瞬。
総司は悔しさに顔をゆがめた。
どうして僕はあの時、譲に何もしてあげられなかったんだろう。
知っていたはずなのに。
彼女は確かに剣の腕は、この強豪が集っている試衛館のなかでも指折りだ。
きっと稽古をしたら、ほとんどの者が相手にならないだろう。
だからこそ、危険な吉原にも行けるのだが。
でもその代わり、心はとても繊細で傷つきやすい。
自分はそれを知っていたはずなのに。
人一倍頑固なのに、人一倍お人よしで。
何でも一人で背負いこもうとする。
誰よりも健気に、『試衛館(ここ)』を守ろうとする。