幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
『蝉って不思議よね』
彼女の声が、遠くでこだまする。
脳裏に、静かに木の幹にいる蝉を見つめている譲の横顔が浮かんだ。
女の格好をしているから、男装する前の記憶だろう。
『なんで?』
そう訊き返す自分に、譲は悲しげな瞳を浮かべた。
『ただ後世に子孫を残すためにああやって鳴いて、たったわずかな期間を生きるのだから』
『そうかな。うるさいだけだと思うけど』
総司には蝉の素晴らしさが理解できなかった。
譲な蝉のどこに惹かれているのかさっぱりだったのだ。
だから不思議そうに彼女の横顔を見ていると、譲がこちらに振り向いた。
『うん。私も最初はそう思ってた。でもね、夏の蝉も、秋の紅葉も、冬の雪も、春の桜も……それぞれたった一年に一度巡り来る季節に、一番輝いているの。わずかな期間で命を散らすけれど、でも誰よりも輝いている』
譲はふっと柔らかく微笑んだ。
『ね?素敵じゃない?』
その譲の笑顔が蝉の泣き声と共に薄っすらと消えていく。
総司は腕で自分の目を覆った。
(そうだね、譲)
生きている命は、輝いている命は何より美しい。
今では、君の言いたいことが分かるよ。
でも………。