幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜






店の玄関が何やら騒がしく、人が群がっていたために、当時から、花魁として男の心を掴んできた実風が何事かと、人を掻き分けると、玄関に座り込んでいるまだ年端もない娘がいた。






しかも、おかあさん(芸妓や遊女の面倒をみる女性のこと。その多くが年配で芸妓や遊女たちの母親代わり)までもがその場に居合わせていた。








まだ十六にも満たない娘だろう。





ぼろぼろと涙を流して、土下座をしながら何度も額を床につけて懇願する。






『ここで……働かせてください!』






その一点張りの娘に、実風は皆の戯言や野次を制し、その威厳で黙らせた。






そして、娘の前に座り込む。





『顔を上げな』





そういわれてしぶしぶ顔を上げた彼女の顔を見て、実風ははっと息を呑んだ。







雪のように白い肌。絹のような長くて細い髪に、強い力が漲っている瞳。


すっと伸びた高い鼻に、細身な身体。





衣こそは薄汚れていたものの、一瞬、どこの姫様だろうと思った。





姫様が変装して一般市民に紛れているのではないか。そう勘違いしてしまいそうな綺麗な顔立ちだった。






娘は涙を流しながら、同じことを繰り返す。





『お願いします!ここで働かせてください!』





実風は娘を落ち着かせるため、ふっと誰もが見惚れる笑みを浮かべる。







すると、娘はあっと声を飲み込み、嗚咽を止めた。







『あんた……帰る場所はあるの?』








その問いに、娘は迷いなく頷く。







『そうかい。じゃあ、帰るんだね』







『どうしてですか…!?』







納得がいかないと食い下がる娘に、今度は厳しい目線を注ぐ。







実風は態度を一転させん、ぐっと娘の胸倉を掴んだ。






娘があまりの剣幕にたじろぐ。










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