幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
人の気配がして、譲はさっと身構えた。

じっと息を殺し、木の影に身を潜めて、様子を窺っていると、ある足音が譲が身を隠している木の前で止まった。


警戒心剥き出しのまま、そっと刀に手をかけると…。

「おいおい、そんな物騒なものを抜かないでくれ」

苦笑いしながら、まだ若い男はくしゃくしゃと頭をかく。

「別に俺は敵じゃないさ。ただ、なぜ君のような女の子が、こんなところにいるのか知りたいんだ」

木陰から顔を覗くと、見るからに人柄が良さそうで男で、旅の者だろうか、笠をかぶっていた。

それでも、人間というものに不信感を抱いていた譲は、何も答えなかった。

「ご両親は? 今どこにいる?」

「………」

敵意の眼差しを向けたまま、やはり譲は何も口にはしなかった。

いや、むしろ男の言葉など耳に入って来なかった。

人間に対する嫌悪感で、身体が支配されていたから。

だいたい、なぜ見ず知らずの人間にそんなことを訊かれなくてはならないのだ。

未だに態度を改めない譲に、男が明るく手を差し伸べる。

きょとんとしてそれを見つめていると。

「どれ、俺がご両親のもとまで一緒に着いていこう!」

しかし、男のことさら明るい調子に、親切心よりも憤りを感じ、譲は眉をひそめた。

「あなたには関係ありません。もう二度と喋りかけてこないでください」


そう冷たく一蹴し、怒りと恨みを燃やした目で男が差し伸べてきた目を睨んだ。

やがて、男を振り払うように駆け出した。



そうして、勢いのまま道を下っていくと、大きな都が現れた。


初めて見る大きな都。

人間を嫌ってはいるものの、されど五歳。

好奇心には勝てず、関所に立つ役人の目を忍んで、譲は都に入っていったのだった。


そこで、自身の人生を大きく揺るがすことになるとは、譲には、知る由もなかった。



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