幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
『いいかい。ここで働く者たちはみな、親に捨てられたり、ずさんな境遇を持ち合わせている者たちばかりなんだ。もちろん、帰るところなどない。それゆえ、ここでの生活は過酷だ。多くの者が若くして死んでいくし、一生、己が背負った借金から抜け出せない地獄』
ふん、と実風はあざ笑うかのような冷艶な笑みを浮かべる。
『帰る場所がある?ふざけるんじゃないよ。ここはあんたのような幸せな娘が来る場所じゃない。お帰りなさい』
すると、娘は何か熱を込めた瞳で実風を見返してきた。
そして、実風の手を無理矢理解く。
『私には帰る場所がある!護らなきゃならないものがある!その人達のために働いて、何が悪いの!?何がいけないの!?』
娘は止まることなく続けていく。
『私には、あの場所がなくちゃいけないの!護らなくちゃ、みんな……みんなと一緒にいられなくなる!!!』
娘はひくっと過呼吸になるのではないかというほど息を吸っては、咽び泣く。
『嫌だ!!もう何かを失うなんて嫌なの!』
娘はがしっと実風にすがりついた。
『花街(ここ)が地獄?そんなのどうでもいい!!何があっても、私はここで働く!何もできないけれど……働きたいの!!』
誰もが驚きに目を開き、実風もぽかんとせざるを得なかった。
こんなに反抗……いや、自分の意志を訴えかけてくる者など初めて見た。
それに意志を語るときの彼女の眼力と迫力……ただの幸せな娘ではない。
過去に、相当辛い目に遭わなければ得られぬものが彼女にはあった。
なおも彼女を引き返そうとするおかあさんを止め、実風はあることを決めた。