幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
腰に刀を差し、荷物を包んだ風呂敷を背負い、打掛けも羽織っていない娘が、一人でいるのは、いささか奇妙なのだろう。


大通りを歩いていると、町民たちの好奇な視線が、痛いほど向けられた。

さすがの譲も、堂々と歩くことはできず、肩身の狭い思いをしていた。


しかし、町は賑わっていた。
五歳の少女に映るもの全てが新鮮だった。

活気に満ちている商人。綺麗な着物を着た女たち。元気に町を走り回る、自分と同い年ぐらいの子どもたち。

村とはまた違った平和がここにはあった。

いろんな思いを巡らせていると、譲はふと、足を止めた。

目についたのは、煌びやかな簪だった。

たしかに、自分もいくつかは持っていたが、襲撃で全て焼けてしまった。

加えて今は一文無しも同然の状態。買えるわけがなかった。

羨望の眼差しで簪を眺めていると、どこからか子どもの甲高い悲鳴が聞こえた。


何事かと、声のした方向に急ぐと、人だかりができていた。

大人たちの足元をかいくぐり、見た光景は、信じ難いものだった。

二人の武士が、小さい女の子に刀を抜いていたのだ。

年も、さほど自分と変わらない。

よく見ると、武士の手の上では小ぶりの麻袋がちゃりちゃりと音をたてて、弄ばれていた。

きっと、金を巻き上げられたのだ。


譲には、その光景が不思議で仕方なかった。

同じ種族同士なら、人間は仲がよいと思っていたからだ。

さらに武士というものは、弱き者を助けると者と聞く。

目の当たりにしていることと、道理が合わず、首をかしげていると、いきなり武士が荒々しく叫んだ。

「いいか!? この金は、我ら勤王の志士が、国のために使ってやる!ありがたく思え、小娘」

これってありがたいものなの?

わけが分からず、事の成り行きを見守っていると、少女は泣きながら口を開いた。

「返して‼ お願い返して‼ それはお母さんの薬を買うお金なの!!」

少女は刀を振り切って武士からお金を取り戻そうとしたが、地面に叩きつけられた。

痛々しい光景に、群衆は目を逸らしはじめる。

じっと様子を見ていた譲も、ある男性に声をかけられた。

「お嬢ちゃん、これは子どもが見るものじゃない。早く、お父さんとお母さんのところに戻りな」


そんな注意も聞き流し、譲は無我夢中で男性に尋ねた。

「ねぇ、きんのうって…何? どうして、同じ人間同士なのに、争ってるの?」

すると男性は、譲と同じ背丈になるようにしゃがみ込み、小声で譲に耳打ちした。

「いいかい、彼らは天皇を護るといって罪を逃れているだけの不逞浪士だ」

「ふてい……ろうし?」

「ああ、やつらは自分たちが生きるために、私たち弱き町民からお金をとったり、平気で人を傷つける。お嬢ちゃんも、一人で歩いてはいけないよ」


それを聞いた瞬間、武士の少女のこれまでのやりとりが別の意味を成してかえってくる。

少女の悲痛な叫びが、耳の奥で反響する。

『それはお母さんの薬を買うお金なの!!』


怒りがのぼってきて、抑えられなかった。



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