幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
しばらく、譲は感極まって、なかなか涙が引いてくれなかったが、ようやく収まってくると、そっと実風の傍を離れる。
「大好きです……実風姐さん」
「おやおや、可愛い娘に、そう言われると嬉しいね。それじゃあ、ご褒美にこれをやろう」
そう言って実風が手渡してきたのは、文だった。
中身を見て、譲は目を丸くする。
本当にこれをもらっていいのか、それを目で実風に訴える。
すると実風は、ふふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「褒美、といったろう?もし、また何か色町に用があったとき、【角屋】という店を訪ねるといい。きっと、面倒を見てくれる。なんたって、あたし直々の紹介状だからねえ」
譲はぎゅっと、実風からもらった紹介状を握り締める。
「本当に……何ていったらいいか……姐さん……」
喉元から、また熱いものがこみ上げてきて、目頭が熱くなる。
すると、実風がその細長い指で、譲の目元に溜まっていた涙をさっと払ってくれた。
「あんたはよく泣くねえ。でもね、泣くのはおよし。さ、笑っておくれ。別れに涙なんて、湿っぽいじゃないか」
「はい!」
この時、譲が見せた満面の笑みは、誰よりも健気で美しく、何もない荒野に咲く一輪の花のようだった。
誰に踏まれても何度も立ち直る花。
その笑顔は、一生、実風の胸に焼き付いて消えることはなかった。