幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
だが譲は、敵意を表さず、けれど相手の顔も見ず、ただその視線を、銀砂を散りばめたような夜空に向けていた。
「どうしたの?総司」
だが総司は何も言わない。
無言で、譲の隣で同じような体勢を取る。
譲も、それ以上理由は聞かなかったが、なぜか、懐かしい思いに満たされる。
「ねえ、総司」
「ん?何?」
ちらりと流し目で、総司が自分と同じように夜空を見上げていることを確認する。
そしてまた、視線をもとに戻す。
「私……頭がおかしいみたい」
「なんで……?」
「なんでなんだろうね。私が……女だって、芹沢さんに見抜かれたからかな」
「僕……あの人嫌い」
幼い子供か、と思わず突っ込みたくなるような総司の拗ねたそっけない言い方に、譲は思わず笑みが零れる。
そしてなぜか、総司が変わっていないことに心のどこかでほっとする。
「嫌いって……これから、一つ屋根の下で、一緒に暮らすのに?」
「だって……」
と、ごねたように総司は切り出す。その口ぶりは、子供と変わらなかった。
「だってあの人、君を侮辱した。【女風情】って。だから、嫌いだよ」
「総司……」
寝返りを打つと、同じく寝返りを打っていた総司とばっちりと目があう。
互いの息が聞こえるほどに顔が近くになり、二人は頬を真っ赤にする。
譲は慌てて顔を背けた。
(…ち……近いよ!あれは!)
なんの偶然だと、意味もなく空を睨む。
「ねえ」
まだ動揺が冷めていなかった譲は、総司の声に過剰に反応してしまい、大袈裟に肩をしゃくりあげた。
「な……なに!?」
「どうしてそんなに、動揺してるの?」
「だって……!」
「こっちむいてよ」
絶対にからかわれて、遊ばれている。
そう確信した譲は、断固として、視線を夜空から外さなかった。
が、しかし。
「ッチ」
確かに聞こえた舌打ち。
これが譲の気を逸らす。
「総司……い……今、舌打ちしたでしょ!?」
そう空に叫んで総司の方に身体を向けて、譲はしまったと思う。
嵌められた。
眼前には整った総司の顔。
顔が火照って、身体の温度がみるみる上昇していくのが自分でも分かる。
心臓が早鐘のように脈を打つ。
この動悸をどうにかしようと、譲は顔をそむけようとするが、総司の手に頬を触れられて、動きが止まる。
にやっと総司の口元が緩む。
「頬が熱いなー。熱でもあるのかなー?」
譲はあからさまな総司の挑発にますます頬を赤く染める。
総司は今、どんな気持ちでいるのだろうか。
(総司は、私のこと……どう思っているんだろう)
やはりただの幼馴染? 一緒に稽古してきた仲間?
(でも……私も…総司のこと……どう思ってるんだろ)
そっと、自分の頬に触れている総司の手に、自分の手を添える。
総司の瞳孔がわずかに開かれた。
「………譲?」
心配そうな囁き。
譲はじっと、総司の瞳をみつめていた。
「私………」
そこで譲は自分がとんでもないことを発言、行動していることに気付き、はっと我に返る。
総司から手を放し、頬に添えられている手も払う。
恥ずかしすぎて、気が動転しそうだった。
頭が真っ白だったとはいえ、自分の気が知れない。
今日はどうかしている。
譲はそのまま立ち上がって、総司から逃げるように部屋に戻った。