ama-oto
 あの子と別の道を歩いて、駅へ向かう清人の背中を見た。たぶん、清人の行き先は私のアパートだ。習慣的な約束を清人は律儀に守っている。何も知らずに、今日もその約束を達成するために。

 今、清人に面と向かったら、私は何を言い出すのか分からない。罵詈雑言を投げつけて、なじって、たくさん傷つけてしまうかもしれない。その言葉で、私自身も傷つけるであろうに。いや、それとも、素知らぬふりして接してなんとかしようとするかもしれない。でも途中でボロを出して嫌な空気を漂わせるかもしれない。

 いずれにせよ、こんな現場を見てしまった上で、会いたい気持ちになんてなれない。できれば、一人にしてほしい。一人でいたい。

 清人がたぶん駅に着いただろう頃合いを見計らって電話をかけた。出先で体調を崩してしまったと嘘をついた。
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